全長1.78メートルの世界

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 煌々とした月明かりに照らされて、色とりどりの短冊が風にはためいている。
 海賊船とは思えない光景を眺めながら、ゾロは酒瓶を呷った。
 故郷の村では天気が良かった覚えのない七夕の夜も、天才航海士の支配するこの船では満点の星空に恵まれた。今年は十数年振りに満月と重なり、星の川を大きな明かりが照らしている。
「明るい月だよなぁ」
 先程まで催されていた『七夕の宴』の片付けをしながら、サンジが空を仰いだ。
 言葉に反して、声がどこか物悲しい。
 また、あの小さな頭でくだらないことでも考えているのかと、ゾロは眉をひそめた。
「なぁ、今年は織姫ちゃん、ちゃんと彼氏に会えてると思うか?」
 問われて、酒を飲むついでに天を見上げる。
 雲1つない、満天の星空。天の川も奇麗に見えた。
 サンジが何を気にしているか知らないが−−。
「−−大丈夫だろ?」
 軽い返答のゾロに、サンジは問いを重ねる。
「月があんなに明るくても、か?」
「はあ?」
 月と織姫・彦星に何の関係が?
 素っ頓狂な声を上げたゾロを、サンジは可哀想なものを見るような目で見やった。
「だからな、今年は満月で月が明るいだろ? 天の川も薄くなっちまって、織姫ちゃん、ちゃんと渡れてるかなーって、心優しい俺様は心配してんだよ」
 あっけに取られているゾロをよそに、サンジは心配そうに空を仰いだ。
「川が雲で隠れてれば鳥が橋代わりになってくれるんだっけ? でも、今夜は晴れてるしなー。せっかく良い天気なのに、彼氏と会えなかったりしたら織姫ちゃん、悲しむだろうなー。ああ、君のためなら月の1つや2つ、俺が壊してやるのに…! いや、月にはかぐやちゃんが居るから壊すとかダメだな。あーあ、せめて、彦星の野郎に俺くらいの甲斐性があればなー」
「………。」
 架空の女相手にそこまで入れ込めるサンジに眩暈がする。
 ツッコミどころが多すぎて何と言って良いか分からないが、取り敢えず。
「大丈夫じゃねぇか?」
「何がだよ!」
 安請け合いするゾロを、サンジがキッと睨み付ける。
「てめぇが心配してんのは、月明かりで天の川があまり見えないから、奴等が会えないかもしれないってコトだろ?」
「織姫ちゃんを”ヤツ”呼ばわりするんじゃねえ!」
 サンジは牙をむいて怒鳴ってから、まあそうだけど、と頷いた。
「天の川が薄いって、川が浅いってことだろ。いつもより楽に会えるじゃねえか」
 予想外の言葉に、サンジはぱちぱちと目をしばたたかせた。
「か、川が浅かったら落っこちちまわねーか?」
 暫くぐるぐると考えていたかと思うと、そんなことを言う。
 それでも、ゾロは昔そんな問いを聞いたことがあったし、それへの返答を思い出すことも出来た。
「片方が落ちたら、もう1人も追い掛けるだろ。そしたら2人で地上だな。いつでも会えて万々歳だ」
「そう、なのか?」
「そうだろ」
 ゾロが力強く肯くと、サンジがへにゃりと笑った。
「そっか。織姫ちゃんは、ちゃんと彼氏に会えるのか。良かったなぁ」
 目を細めて感傷にひたるサンジの横で、ゾロはこっそりと安堵の溜め息を吐いた。
 ゾロの村でも七夕祭を行っていた。子供は恒例行事にもいろいろと疑問を持つもので、律義で面倒見の良い師匠は毎年質問責めにあっていたものだ。聞き流していた筈の問答を覚えていた自分を褒めてやりながら、遠い故郷の師匠に心の中で頭を下げた。
 こいつの気を散らすのは現実の女だけで十分だと内心で唸り、ラブコックに声をかける。
「おい、コック。酒」
「もうねえよ!」
 勢い良く振り返ったサンジに、寄せておいたコップを突き出した。
「コップ?」
「おう。ほら」
 戸惑うサンジにコップを持たせ、取っておいた酒を注いでやる。
「コップでワインかよ!?」
「うるせぇな。飲めりゃ良いだろ」
「これだからマリモは…。まあ、織姫ちゃんとかぐやちゃんと一緒に飲むのも良いよな〜」
 いそいそと彼女たちの分のワイングラスを用意するサンジを見ながら、ゾロは溜息を隠しきれない。
 空想上の女に目をハートにする様なヤツに惚れてしまったのだから仕方がない。仕方がないと分かってはいるが、ときどき無性に虚しくなる。
 それでも。
「ほらほら、ゾロ、乾杯しようぜ!」
 機嫌良く笑いかけられると、仏頂面を保っていられない。
 終わってるなぁとしみじみ思いながらぐい飲みを差し出すゾロは気が付いていない。一緒に飲むはずの『彼女達』のグラスには、酒が注がれていないことを。
「かんぱーい♪」
 コップとぐい飲みがカツンと低い音を立てた。


 

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