昼下がりのキッチン。
おやつの支度をしていたサンジは、かすかな気配と共にドアをくぐってきた人影を見とめて小さく舌打ちをした。
静かな足音はサンジの後ろを通り過ぎ、ぎしりと音をたてて椅子に座った。
そして、いつもの一言。
「おい、酒」
「それしか言えねぇのか、クソ剣士!」
勢い良く繰り出された廻し蹴りを、ゾロは軽く身体を傾けて躱した。
「てめえ相手に何言えってんだよ、クソコック」
「たまには『お願いします』と頭の一つでも下げてみやがれ! いつもいつもクソ忙しい時を狙って顔出しやがって!!」
ぎりぎりと煙草のフィルタを噛み締めながらも、酒棚から1本取り出してゾロの前に叩き置く。
瓶の封は切られていなかったが、ゾロは平然と歯で抉じ開けそのまま呷った。途端、サンジが声を荒げる。
「一気に飲むんじゃねーよ、ウワバミ剣士!」
「いちいち口うるせーな」
「言える立場か、ゴクツブシが!」
悪態をつきながらも、予め馴染ませていたマリネを盛り、ピクルスを添え、乾き物をつけた皿を差し出した。
「−−−−おい」
「文句は聞かねーぞ。夕食の後でならもう少しつけてやっても良い」
これだけは譲れねぇとばかりに睨み付けると、ゾロは舌打ちをして席を立った。勿論、酒瓶とつまみの乗った皿も忘れない。
不機嫌極まりない顔をしていたサンジは、ゾロが出て行くと途端に笑顔で背後を振り向いた。
「ごめんね、ナミすゎん、ロビンちゅゎ〜ん。汗臭いマリモが邪魔しやがってね〜」
「ん〜、そんなのいつものことでしょ〜」
ナミは海図を描くのに集中しているせいか、生返事だ。その隣りでロビンは満足そうに頷いている。
「航海士さんの言った通りね」
「ん? 何がだい、ロビンちゃん?」
サンジが尋くと、ロビンはうっすらと微笑んだ。
「初めて見たわ。剣士さんが、あんな簡単なことを誰かにやらせているところ」
「え?」
サンジは笑顔のまま首を傾げた。
「・・・・・・・簡単な、コト?」
「ええ。だって、お酒なんかコックさんに聞いて自分で取れるでしょう? それを、わざわざ椅子に座って自分じゃ何もしないってアピールして、つまみまで用意してもらうなんて」
「・・・・・・・・。」
「コックさん?」
サンジは笑顔のまま固まっていた。ロビンが呼びかけると、引きつった笑顔を向けた。
「え? ああ、なにロビンちゃん? コーヒーおかわり?」
「いいえ、まだ大丈夫よ」
「俺、ちょっと用が出来たから。あ、大丈夫! おやつは遅れないようにするからねー」
「あ…」
ロビンが止める間もなく、にこやかに手を振ってサンジはキッチンを出て行った。笑顔は引きつったままだったし、足音は荒かったし、何より殺気が満ち満ちていたけれど。
「航海士さん」
「んー、なにー?」
相変わらずなナミの意識を向けるため、ロビンはインク瓶のフタを閉めた。
インクを付けようしたペン先がカツンとフタに当たって、ナミは描いていた海図から顔を上げる。
「−−ちょっとロビン、いいところなんだから邪魔しないでよ」
不機嫌に睨まれて、ロビンはちょっとだけ困ったように首を傾げた。
「ごめんなさい。でも、1枚全部ダメになるよりはマシかと思って」
「なによ、それ」
取り敢えず休憩することにしたのか、ナミがコーヒーカップを手に取り、1口飲んだ時
「てめえこのクソ剣士ーーっ!!」
怒号と共に船が大きく揺れた。
「な、なんなのっ!?」
慌てるナミとは対照的に、ロビンは残念そうに後方甲板に視線を投げた。
「剣士さんがコックさんにお酒を選んで貰うのが甘えてるみたいで可愛いわねって言ったつもりだったんだけど、なんだか誤解させてしまったみたい」
「あんたねぇ」
ナミは諦めたようにコーヒーを飲んだ。海図は無事だったし、コーヒーもこぼさなかったし、規模は大きいが2人のケンカはいつものことなので、放っておくことにしたらしい。
「あーあ、小腹が空いたからおやつ楽しみだったのになー」
「あら、おやつは遅れないようにするって、コックさんが言ってたわよ」
「…遅れるに決まってんじゃない」
外から聞こえてくるのは、サンジの罵声とゾロの怒声、半泣きのウソップの声と、何かが盛大に壊れる音。そう簡単にこれが治まるはずがない。
「剣士さんも無意識だったみたいだし、これで自覚してくれれば良いわね」
「そんなの待ってたら、メリーが壊れちゃうわよ」
ナミは溜め息を吐くと、空になったカップを机に置いて立ち上がった。
頑張ってね、と見送るロビンにおざなりに手を振って、後方甲板に向かう。
数分後、さっきより大きい怒号が海に響き渡った。