全長1.78メートルの世界

>> HOME > ONE PIECE > 『お腹空いた』で拍手6題。

 

 ゾロが家に帰った時には、リビングは既に戦場と化していた。
 飛び交う酒瓶に、あっという間に積み上がっていく料理の皿。
 家族が帰って来たというのに、弟妹たちは誰も気が付いた様子がない。ドアの側に居た大人3人が本日の主役を出迎えてくれた。
「おう、あんちゃん! ずいぶん遅かったじゃねーの! まあ、飲めよ」
「悪ぃな」
 その呼び方はなんだ? と思ったが、差し出されたジョッキの方に意識がいった。座る場所もなかったので立ったまま飲み干す。ロビンがおかわりを注いでくれた。
「ちゃんと帰ってきたのね、お兄ちゃん。また道に迷ったかと心配していたのよ」
 高校3年生にかける言葉ではないが、それを笑い飛ばせないのがゾロのつらいところだ。
「……後輩が送ってくれた」
「あら、最高のプレゼントね」
 にこにこ笑う母親には他意も裏もない、と思いたいゾロだった。
 そうこうしている間にブルックが皿や酒を片付けて場所を空けてくれた。
「ご長男さん、お疲れ様でした。どうぞこの辺に座って下さい。ナミさんのパンツが見えそうな特等席ですよ」
「だれがみせるかっ!」
 騒ぎの中でもしっかり聞きつけたナミが鉄拳制裁を加える。そして漸く、この宴会の主役が帰ってきたことに気が付いた。
「あら、かえってたのね。さきにはじめてるわよ」
「見りゃ分かる」
 随分飲んでいるのか、ため息混じりに返事をしたゾロの背をばしばしと叩く。
「だいじょうぶよ! おさけもごはんもたっぷりあるから! あんたたち、おにぃちゃんかえってきたわよー」
 途端にゾロが盛大にむせた。
「兄ちゃん、お帰り! 食べてるか!?」
「だ、大丈夫か、にーちゃん。水あるぞっ」
「いや、むしろ兄貴には酒だろ」
「てめぇら、そりゃ一体なんの冗談だ…」
 咳を堪えながら言うと、4人は顔を見合わせる。
「なにって」
「誕生日プレゼントだ!」
「朝までお兄ちゃんと呼ぼうキャンペ〜ン!」
「はくしゅーっ!」
 わーっと拍手が起こる中、ゾロは痛む頭を押さえた。
 なるほど。フランキーとブルックが妙な呼び方をしていたのもそれが原因らしい。
「そんなイヤそうなかおしなくてもいいじゃない」
 ナミがぷ〜っと頬を膨らませた。
「にーちゃんが誕生日プレゼントとかいらないって言うから、俺たち一生懸命考えたんだけど…」
「ダメだったか?」
「サンジやナミなんか『素面でそんなこと言えるか!』って酒まで飲んだのになぁ」
 悲しそうに(1部恨めしく)見つめられて突っぱねられないくらいには、ゾロは弟たちに甘かった。
「いや、別にダメじゃねえ。驚いたが、懐かしい呼び方だな」
 途端に全員の顔がぱーっと輝く。
「そっか!」
「イヤだなんていってたらぶんなぐってたわよ」
「へ、変なこと言わなくて良かったな、兄貴…」
「じゃあ改めて、宴だー!」
 周囲が盛り上がる中、ゾロは伸び上がるようにしてキッチンを見やった。
「あら、探しものはこれかしら?」
 ロビンからの酌を受けながら、ゾロは首を振る。
「サンジのやつ、まだ何か作ってんのか?」
「出来立ての厚焼き玉子を食べさせるって言ってたから、作っていると思うわ。そろそろ出来るんじゃないかしら」
 ロビンの言葉通り、じきにサンジがキッチンから顔を出した。
 真っ赤な顔に目は潤み、いかにも酔っ払いという風なのに、ゾロを見るとへにゃんと笑う。
「おかえり、にぃたん」
 ゾロが勢い良く酒を吹き出した。
「うぉっ! 汚ねぇなっ」
 フランキーの苦情も聞こえないようで、腕で口元をぬぐいながら怒鳴る。
「誰だ! ここまで飲ませたのはっ! へべれけじゃねぇか!」
「誰って−−」
 みんなで顔を見合わせて、一斉にサンジを指差した。
「自分で飲んだんだよな」
「もう、すっごいいきおいで」
「急性アルコール中毒にだけはならないように気を付けたんだけど」
「ナミも酔っ払う秘蔵の酒、恐るべし……」
 ウソップの言葉に、ロビンを睨みつけた。
「てめぇか、黒幕は…」
「あら、ひどい。お酒を持ってきただけなのに」
「飲んだのは、サンジさんとナミさんですからねぇ」
「こんなになる前に止めやがれ!」
 今度は大人3人が顔を見合わせた。
「それは出来ねぇ相談だなぁ、ロロノア」
 ひょいとフランキーが肩を竦める。
「酒の力を借りてまで、てめぇを祝いたかったんだろ。どうして止められるよ?」
 ゾロは言葉に詰まった。
 確かに、そこまでするなと止めるのは年長者の役目かもしれない。でも、そこに確固たる目的があるなら−−。
「ゾロさんはお優しいですねぇ」
 ヨホホホホ、と特徴的な笑い声を立てるブルックの後ろからルフィが顔を出す。
「やりー! フランキーとブルック、ペナルティ!」
「ペナルティ!」
「じゃあ、罰ゲーム考えようぜ!」
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
「今のはナシだろーが!」
 チョッパーとウソップも交えて大騒ぎしだす5人を見ながら、ゾロはニコニコと笑っている母親に声をかけた。
「もしかしなくても、俺の名前を呼んだら−−」
「ええ、ペナルティとして罰ゲーム。内容は後からみんなで決める約束なの」
「そういう理由かよ」
 大きく息を吐いたゾロに、ロビンはそっと顔を寄せた。
「言い出したのは、サンジだけどね」
「はあ?」
「そうなれば、お酒を飲む口実が出来るでしょう? 『誕生日プレゼント』って理由だけじゃ、お酒の勢いも借りれなかったみたい」
 何か言いかけたゾロの唇を人差し指で押さえ、ロビンは意味深に微笑んだ。
「黙っててって言われたんだけど、私だけいつもと変わらない呼び方だから、おまけね」
 考え込んでいるゾロの膝に、酔っ払いが乗り上がってきた。
「ろぅしたよ、にぃたん?」
「なんでもねぇよ」
 ふらふら揺れる頭をガシガシとかき混ぜる。普段なら文句と同時に足が出るが、今日は子供の様な笑い声が上がった。
「ほい、にぃたん、玉子焼き。好きらろ?」
「おう。ありがとよ」
 酔っ払っても料理名だけははっきりしているサンジに笑いながら、その辺に転がっていたジョッキを掴む。
「おい、ルフィ!」
 大騒ぎになりかけている弟を呼び、ジョッキを掲げて見せた。
「! おう! みんな、グラスを持てよー!」
「おにぃちゃん、おしゃくするわよー。きょうくらいは、タダで」
「あ、俺も俺も!」
 ナミとチョッパーに酒を注がれている間に、ウソップがサンジの飲み物を用意した。家族の中で1番常識人なウソップだから、きっと中はウーロン茶だろう。
「じゃあ、行くぞ! 兄ちゃん!」
「おにぃちゃん!」
「兄貴!」
「あんちゃん!」
「にぃちゃん!」
「ご長男さん」
「お兄ちゃん」
「にぃたん!」

誕生日、おめでとう!

「ありがとう」

 一斉に掲げられたグラスに、ゾロは笑顔でジョッキをぶつけた。

 

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