シンクの手入れを終えたサンジは、タバコを咥えて椅子に座った。火を点けて、肺の奥深くまで煙を吸いこむ。
「ふ〜ぅ…」
修学旅行で1週間留守にして、夕方に帰ってきたばかりだ。旅行前に作り置きで満載にしていった冷蔵庫は、帰ってくると食料品が詰まっていた。
作りたてのサンジのメシが食いたい! と口々に言われては料理人名利に尽きるというもの。旅行の疲れも吹き飛び、ついさっきまでリクエストにこたえて料理し続けていた。
タバコを取り出すついでに確認した時計は0時を回っていた。
「さすがに、疲れたな〜」
灰皿に灰を落としながらテーブルに突っ伏すと、疲労がどっと身体から滲み出る。
「今回は、ねーのかな……」
サンジは決して認めなかったが、毎回恒例の『アレ』を、実は結構楽しみにしていたのだ。
(ねーんなら仕方ないよな。コレ吸い終わったら風呂に入って。あー、洗濯機回さないと。それと、何か腹に入れとかねーと。別に腹減ってねーし、食料も朝の分しか残さかったけど、どうするかな…。)
寝るまでにやらなくちゃいけないことを考えながら、なんとなく目を閉じた。
*****
「おい」
肩を揺さぶられて跳ね起きて、サンジは自分が寝入っていたことに気が付いた。慌てて見た時計は、最後に確認してから軽く1時間は進んでいる。
呆然とするサンジの前に、ゾロが安物のアルミ容器を置いた。
大量のもやしが投入された、湯気のたつうどん。薄いプラスチックのレンゲと、家族お揃いの箸。
「疲れてんだろ。食ってさっさと寝ちまえよ」
「え? これ…?」
「さっきコンビニ行って買ってきた」
そう言ってゾロはサンジの向かいに座った。やはりコンビニで買ってきたらしいチューハイの缶を開けて、まだ目の前の食事を見つめている弟に目をやった。
「まだ寝ぼけてんのか? それとも、食えねえくらい疲れてんのか?」
「や、食う、けどさ……」
サンジはレンゲと箸を手に取った。使い捨てのレンゲでスープを掬って1口飲む。もやしから出た水分でかなり薄い。うどんは煮込みすぎて底に焦げ付き、箸で持つとちぎれて落ちた。
それでも。
「結構美味いぜ」
「そりゃ良かった」
サンジの言葉に、ゾロはチューハイを飲みながら苦笑した。自分の作ったものの出来栄えを正しく理解している口振りだったが、サンジは本当に美味しいと思った。
幼い頃から料理が好きで現在は高校生ながら一流料理店の厨房でバイトをしているサンジが、研究やリサーチではなく空腹を満たすために誰かの料理を食べることは殆どない。そのめったにない機会の大半がゾロの料理だった。
小学校の林間学校の後に、おにぎりを出されたのが最初だった。インスタントラーメンだったり、レトルトのカレーだったり、旅行後や体調不良でサンジが疲れきっているときにゾロはサンジのために何かを作ってくれた。
「あ、そういえば、洗濯物もたまってるんだよなー」
うどんをすすりながらわざとらしく口に出すと、ゾロは缶を傾けながら淡々と返した。
「明日やれよ。バイト休みだろ」
「えーっ! どうせ1日寝てんだろ、手伝えよ」
「明日、部活」
「ちぇっ…」
小さく溜め息を吐くサンジを横目で見ながら、ゾロは飲み終わった缶を握り潰す。
「−−無理そうなら残しとけ」
「あ? 明日の洗濯当番、ウソップだろ? 押し付けろって?」
「俺が代わった」
「ぶっ…っ、ゲホッ!」
笑いをこらえて咽たサンジを、ゾロが半分座った目で睨んだ。
「てめえ……」
「いや、だっ、て…ごほっ…!」
いつまでも笑いと咳が治まらないサンジに、ゾロは溜め息を吐いて立ち上がった。
「チューハイと水、どっちがいい」
「ぐっ…レモン…水…っ」
言われるがままに、ゾロは冷蔵庫からレモン水を出し、コップに注いでやる。それを一息で飲み干し、サンジは大きく息を吐いた。
「−−サンキュ」
「ったく」
もう一度コップにレモン水を満たしてやってから、ゾロはまた椅子に座った。
それが1人で食事をさせないようにという心遣いだと分かっているから、サンジは照れ隠しでわざと憎まれ口をたたく。
そして、自分のためだけの晩餐をじっくりと味わった。