「てめぇ、いいかげんにしろよ」
「いいかげんにするのはテメーだろーが」
帰宅したウソップがリビングに入ると、制服を着たままのゾロとエプロン姿のサンジがキッチンで睨み合っているのが見えた。テーブルについたチョッパーがオロオロと2人を交互に見ている。
よくある風景に見えるが、実は非常にめずらしい。
ゾロとサンジはどちらもケンカっ早いので、普通なら睨み合う前に手や足が出て乱闘になる。キッチンはサンジの神聖なる城なので、ここでいがみ合うことは殆どない。そして、ケンカ嫌いの末っ子が居るのに2人を止めないとは。
何があったのかは分からないが、張り詰めた空気に声をかけることも出来ない。ウソップは首を傾げながらも、リビングからキッチンの様子を伺った。
「チョッパーがキノコを食えねぇ理由は知ってんだろうが。無理に食べさせることないだろう」
「ああ、知ってるさ。俺だって体質的だったら無理に食わせはしねーよ。でも、この間バーさん家で出されたのは平気だったじゃねーか。食えるなら食わせねーと」
「あれは知らなかったからだろう。精神的なモンだから無理させるな」
「精神的なモンだから治そうとしてんだろ」
「あー…」
理由が分かったウソップは思わずため息を吐いた。
弟妹の教育方針で対立したときだけは、ゾロとサンジは絶対にケンカをしない。普段の導火線の短さが嘘のように、声も荒げずに話し合いをする。
自分でも同じことがあったなぁと、苦いような懐かしいような感傷に浸っていると−−
「もう、もう止めろよ、2人とも!」
−−緊迫した空気に耐え切れなくなったチョッパーが半泣きで声を上げた。
「おれ、おれ、キノコも食べられるようになるから! 頑張るからっ! だからそんなケンカ止めてくれよぅ…」
えぐえぐと泣きながら訴えられて、兄2人は困ったように顔を見合わせた。
「別にケンカなんかしてねえだろ。なあ?」
「おう。泣くなよ、チョッパー」
「いやいや、十分ケンカに見えるっての」
ウソップが割って入ると、ゾロとサンジは不機嫌そうに口をつぐんだ。
ケンカの自覚がないから不機嫌になっても、反論すると更に末弟が泣くと分かっているから何も言わない。そんなことろはやっぱり『兄貴』なんだなぁとウソップはちょっと感心した。
「チョッパーは俺が見るからさ、サンジ、腹減った。ゾロも着替えて来いよ」
「おう。頼んだ」
「…今用意するよ」
ゾロが軽く手を上げて2階に上がっていき、サンジは軽く舌打ちしてキッチンへ引っ込む。ウソップはまだ泣きじゃくっているチョッパーの頭を軽く撫でた。
「大丈夫だって。あいつらも言ってたけど、ケンカじゃないからよ」
「そぅかなぁ、ホントに大丈夫かなぁ…」
「それより、ああ言ったからには覚悟しておけよ。サンジの好き嫌い矯正メニューは結構容赦ないぜ」
同じキノコ嫌いだったウソップに言われて、チョッパーは身を震わせた。
「ううぅ……。でも、ゾロとサンジがあんなケンカしなくなるんなら、おれ、頑張る……」
「おお。頑張れがんばれ」
ウソップはもちろん、ナミもルフィも同じ道を通ったから、こっそり協力はするだろう。本当に行きすぎたらまたゾロが止めに入る。もっとも、その時はまた冷戦になるのだが。
遠い目をするウソップに何かを察したのか、チョッパーは悲痛な目で、それでも強く頷いた。