この頃の霧人はカウンタ席がブームであるらしい。
少し前までは、1度聞いただけでは覚えられないような名前の店で、肩が凝りそうなコースばかりを奢ってもらっていたのに。そんな店にもニット帽にパーカで現れ、ウエイターに箸を頼む成歩堂に何かを諦めたのかもしれないが。
今日連れて行かれたのも、いかにも『一見さんお断り』な店だった。
「何を飲みますか?」
個室も座敷もある店でわざわざカウンタを希望した男は、メニューを見せながら成歩堂の肩を抱いた。
「取り敢えずビールだったら何でも良いよ」
それだけ言って、成歩堂は自分の肩に乗っている腕を鬱陶しそうに振り払う。
霧人は気にする素振りも見せずに料理に注文をつけ、成歩堂を見てにこりと笑った。
「こうしてあなたと食事をするのも久し振りですね」
「ああ、君も変わってないね」
また肩に回った腕をうんざりと見やる。
肩は凝るし、首は痛くなるし、利き腕側に密着されるからすごく邪魔なのに、霧人は肩を組むのを止めない。今まで何度も文句を言ったが全く聞き入れてくれないので、とうとう有無を言わさず払いのける様になった。
店でカウンタ席を選ぶのも、間違いなくそれが理由だろう。
そういう意味では、肩組みブームと言うべきか。
それも食事代だと思って半分諦めつつも、不快だと示すために絡んだ腕を振りほどいた。
*****
店の外に出たところで、成歩堂は大きく深呼吸した。
「どーも、ゴチソウサマ」
すっかり重くなった肩を回しながら言うと、霧人は満足そうに微笑んだ。
「どういたしまして。ところで、この後はどうします? 近くに良いバーがあるのですが…」
伸ばされた腕をひらりとかいくぐって、成歩堂は曖昧に笑ってみせた。
「ああ、悪いね。迎え頼んじゃったんだよ」
「迎え? タクシーでも呼んだのですか?」
「まあ、似たようなものかな」
車両進入禁止のこの道のどこに車が? と辺りを見回した霧人の顔が引きつった。
店の脇に男が立っていた。
黒いコートを着ているとはいえ深紅のスーツに銀の髪はひどく目立つ。それなのに、成歩堂に示唆されるまで全く気が付かなかった。
「おかえり、成歩堂」
「ただいま、御剣」
機嫌良く近寄った成歩堂を、御剣は優しく抱きしめた。
「そんな訳だから、またそのうち」
「……ええ、また」
バイバイと手を振って返ってきたのは悔しげな低い声で、成歩堂は霧人に気が付かれない様に笑った。
「いい加減にしたまえ」
駐車場まで歩きながらも笑いが止まらない成歩堂に、御剣は眉をひそめた。
「ああ、ごめん。奢ってくれた相手を笑うのは失礼だね」
相変わらず生真面目だなぁと思いながら謝ると、御剣はらしくなく口ごもる。
「なに? どうしたの?」
「・・・・・いや」
「御剣」
成歩堂が強く促すと、御剣は重い口を開いた。
「君が楽しそうなのは良いのだが、その原因が、他の男というのが−−」
「はぁ?」
つまり嫉妬した、ということだろうか。たった今、目の前で、霧人よりも御剣を選んでみせたというのに。
「は、ずかしい奴…」
ふいっと顔を背けて気が付いた。御剣の腕が肩に回っている。
「お前もか…」
「何がだろうか?」
「肩組むの、だよ。流行ってるのかい?」
どいつもこいつも−−とため息を吐く成歩堂に、御剣は眉間のシワを深くした。
「ム。不快、だろうか?」
「ん?」
不快かと聞かれれば、不快じゃない。なにせ、見るまで気が付かないくらいだったのだから。
御剣が居るのは利き手と逆方向だし。腕は肩になど乗らずにそっと二の腕に添えられているだけだし。何より、体温が心地良い。
つまり、断る理由はない。
「−−人が来たら、離してよ」
「了承した」
御剣が安心した様に口元を綻ばせる。
成歩堂は赤くなった顔を隠すように、御剣の肩に凭れかかった。