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 裁判所の自動販売機の前に、見覚えのある人物が立っていた。
 販売機から2歩離れた場所から、熱心にサンプルを見つめている。
「こんばんは、成歩堂」
 挨拶がてらにぺろりと尻を撫でる。
「やあ、牙琉」
 顔色1つ変えずに振り向くのが気に食わなかったが、表情には出さずににこりと笑った。
「こんなところで何をしているのですか?」
「ん? 今日の夕飯を選んでたんだよ」
 さらりと言われて絶句した。
 確かに目の前の自販機は裁判所の敷地内にあるせいで、他所よりも20円安い。しかし、並んでいるのはコーヒーや紅茶といった飲み物ばかりだ。
「……成歩堂、この後に予定がないなら、夕飯を食べに行きませんか? ご馳走しますよ」
「うーん、今日、ボルハチに行く日なんだよねぇ」
 残念だけど、と全く残念ではなさそうに口にする。
「そうですか」
 では、またの機会に、と言いかけた霧人の視界に、派手な男が入ってきた。
 ワインレッドのスーツを着こなした彼は、現在の検察局長で、成歩堂の親友で−−。
「では、ケータリングにしましょうか。それならば間に合うでしょう」
 成歩堂を独占していたくて、別の案を提案する。
「何が食べたいですか?」
「そうだなぁ」
 真剣な表情で考え込む成歩堂に、秘かにほくそ笑む。向こうは成歩堂に気が付いた様だが、もう遅い。
 考え込むと周囲が見えなくなる成歩堂の肩を抱き、裁判所の外へと誘導する。

「ひゃっ!」

 突然、成歩堂が声を上げて身体を震わせた。
「みーつーるーぎー!」
 真っ赤になって、背後を振り返る。
「尻を撫でるなよ! セクハラ検事!」
「ム。セクシャル・ハラスメントとは人聞きの悪い。君の体調をチェックしたまでだ」
 御剣は真顔でそう言い放つと、視線をキツくして成歩堂を見つめた。
「随分体重を落としたな。ちゃんと食べているのか?」
「えっ…?」
 嫌なところをつかれた成歩堂の視線が泳ぐ。
「全く。みぬきを優先するのは分かるが、少しは自分も大切にしたまえ」
「−−はい」
「分かればよろしい。行くぞ」
 成歩堂の腰を抱いて、さくさくと駐車場へと歩き出す。
「ちょっと、御剣! ぼく、今夜はボルハチで仕事が−−」
「分かっている。今夜は私が君を貸しきる。問題あるまい」
 譲る気のなさそうな御剣に、成歩堂はため息を吐いて−−思い出した様に霧人を振り返った。
「悪いね、牙琉。やっぱり、また今度」
 どこか嬉しそうに引きずられていく成歩堂を、霧人はあっけにとられて見送ってしまった。
 我に返ったのは、2人が視界から消えてからだった。
「……ふっ」
 幾分引きつった顔で息を吐き、指で眼鏡を上げる。
 そして、この7年で数え切れないほど口にした台詞を、決意を新たに繰り返す。
「今度は逃がしませんからね、成歩堂」
 

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