矢張が成歩堂や御剣と飲む機会は意外に多い。
今日もいつもの様に2人を呼び出し、最近付き合い始めた彼女の話に興じていたのだが。
(なーんか不機嫌だなぁ、こいつら)
矢張は目の前に並んで座る幼馴染みを眺めた。
普段から表情も口数も少ない御剣はともかく、成歩堂まで変に静かだ。矢張にツッコミを入れるでもなく、黙々とビールジョッキを空にしている。
取り敢えず深くは考えない様にして語ること約2時間。
突然、成歩堂が勢いよくジョッキをテーブルに叩きつけた。
「矢張! 君に聞いておきたいことがあるんだけど」
「成歩堂」
苦々しい声で御剣が声をかけたが、成歩堂は奇麗にそれを無視した。
「ど、どーしたよ突然?」
「お前さ、彼女の家に泊まった次の朝に相手より先に目が覚めて寝顔を見てたらうっすら目が覚めたっぽいから『起きないとキスするよ』って声かけてあっさり起きられたら、どうする?」
「はあ?」
なにその詳しいシチュエーション。
こいつらもおはようのキスとか甘いことするのかと感心しながら、矢張は取り敢えず首を捻った。
「う〜ん、そうだなぁ」
「やっぱり怒るだろ!」
「あー、そうだなー」
怒りはしないだろうけど、と続ける前に、御剣が割って入る。
「何をいう! 目が覚めてしまったのに寝たふりなど、相手を騙す様な真似が出来るか!」
「お前はぼ−−恋人からキスしてほしくないのかよ!」
「ほしくないわけあるか! だが私はき……、愛しい者には常に誠実でありたいのだ」
「こっの朴念仁!」
「正直者といえ。はったり弁護士」
「はったりは今関係ないだろ!」
時々言い淀みながらも2人はどんどんヒートアップしていく。
もしかしなくても、これが2人の不機嫌の原因だろう。
「えーとさ、一応、聞いて良いか?」
袖をぶらぶらと揺らしながら矢張が声をかけた。
「今の、体験談なのか?」
途端、言い争いがぴたりと止まる。成歩堂は汗をだらだらと流して黙り込み、御剣はダメージを受けた様にテーブルに腕をついた。
「……………………一般論だ」
絞り出す様に御剣が口にする。成歩堂も無言で何度も頷いた。
そりゃ無理があるだろ、と思いはしたが、矢張は口には出さなかった。
目の前で繰り広げられるノロケに遠回しなカミングアウトなのかと確認しただけだ。違うらしいので、また暫く素知らぬ振りを続けることにする。
「じゃあ俺も一般論で言うけどよ。相手が起きてると思ったら『起きたらキスしてやる』って言えば良いんじゃね?」
「あぁ」
「そっか…」
子供騙しの答えなのに、2人は納得したらしい。
「では次からはそうしてもらおう」
「なに言ってるんだ。君にも当て嵌まるだろ。ぼくからばかりじゃズルいよ」
「私がすると怒るではないか」
「それは君が周囲を気にしないからだろ」
取り敢えずまだ隠しているつもりらしいのに会話は怪しげで。
聞き流しているつもりが、つい本音が漏れた。
「ホントお前等って、頭良いのにバカだよなぁ」
途端にキッと睨まれる。
「検察局始まって以来の天才と名高い御剣に」
「新進気鋭の無敗弁護士・成歩堂に向かって」
「「バカとはなんだ!!」」
人差し指を突き付けてまで主張する内容がソレか。
『バカ』というか『バカップル』な反応に、矢張は声を立てて笑った。