寝起きは最悪な埴之塚光邦だが、朝起きるのは早い。
顔を洗って道着に着替えて早朝稽古。休みの日は崇も一緒に稽古をするが、平日は別々だ。会うのは風呂で汗を流して制服に着替えて朝ごはんを済ませてからになる。
「いってきま〜す」
見送りの使用人達に元気良く挨拶をして玄関を出ると、送迎車と並んで銛之塚崇が立っている。
「おはよー、崇!」
ぴょんっと抱きついて、ちゅっとキスをする。
「えへへへぇ」
照れたように首にしがみついてくる小さな身体を支えながら、崇はそっと耳元に唇を落とす。
「おはよう、光邦」
くすぐったそうに首を竦める光邦を抱いたまま、埴之塚の使用人達に律儀に頭を下げて崇は車に乗り込む。
これが、いつもの朝の光景だ。
しかし、その朝は。
唇を触れ合わせる前に、光邦はぴたりと止まった。
少し難しい表情で、崇の口元を見つめる。
「崇、歯磨き粉、変えた?」
問われて、こくりと頷いた。
「アップルミントだ」
「やっぱりねぇ! カラい匂いがすると思ったんだ!」
にこにこと納得して、光邦はそのままとんっと地面に降りてしまった。
崇が幾分焦ったように口を開く。
「すまない、光邦。少し待っていてもらえるか?」
「うん、良いよ〜」
光邦の返事を確認して、崇は鞄を抱えて走り出した。
「崇ー! 裏の水道、使っていいからねーっ!」
光邦が声をかけると、走りながら片手があがる。『了解した』の合図だ。
そのまま待つこと5分。
ダッシュで崇が戻ってきた。
息を切らしている幼馴染の前で、光邦は小さく首を傾げる。
「今度はなぁに?」
「ハニー・ストロベリー」
崇の答えに満面の笑みを浮かべてぴょんっと抱きついた。
「おはよー、崇!」
「おはよう、光邦。待たせてすまない」
そして、しっとりと唇を合わせる。
朝の挨拶というには少し濃厚な口付けに、周囲に控えていた使用人達がそっと視線を逸らせた。
「今度から気を付けてよね?」
「ああ」
僅かに息を弾ませる光邦をしっかりと抱きなおし、埴之塚の使用人達に律儀に頭を下げて崇は車に乗り込だ。
それが、時々ある朝の光景だ。