最後の牌を取った矢張が、悔しそうにため息を吐いた。
「あーあ、違った。流局だなー。俺、テンパイ」
「あ、ぼくも」
場に牌を倒しながら、成歩堂が手を上げる。
「狼さんと御剣はノーテンなんだな? じゃ、1500点ずつなー」
「チッ、ツイてなかったぜ」
舌打ちをする狼とは対照的に、先ほどから負け続けの御剣は全く表情を変えずに成歩堂に点棒を差し出した。それを受け取りながら、成歩堂は隣りの端正な顔をじっと見つめた。
「−−御剣、お前、麻雀打てるって言ったよな?」
「・・・・・・言ったが」
「今、本気で打ってるか?」
「……。」
御剣は何も言わずに視線を逸らした。その仕草で成歩堂は自分の予想が当たっていたと確信する。
「御剣!」
「す、すまない…」
「いけねえなぁ、検事さん。狼子曰く、如何なる勝負も常に真剣に本気で行うべし!」
「…ム」
成歩堂と狼に両側から睨まれて、御剣は困ったように眉をひそめた。だが、改めるとは言わなかった。言わないなら、きっと次からも真剣には打たないということだ。
きょときょとと3人を眺めていた矢張は、にへらと笑って袖を振った。
「そんならさ、御剣が本気出すようにすればいいじゃん」
「そりゃそうだけど…」
何するんだよ? と問いかけると、矢張は得意げに片目をつぶった。
「ズバリ! 何か賭ける!」
「却下だ」
「それじゃ賭博になるって言ってるだろ!」
「たしかこの国じゃゲームに金品を賭けることは法律で禁止されてるんだったな」
3人から一斉に否定されても、矢張は笑顔を崩さなかった。
「こいつが金や物で本気出すかよー。やっぱこういう時に賭けるのは『服』だろ?」
「服?」
「あ、そういうことか」
成歩堂は分かったようだが、異国人の狼とまともな学生生活を送っていない御剣は見当がつかないようだ。
「平たく言えば、脱衣麻雀!」
「それこそ却下だ!」
御剣が声を荒げる。狼は不思議そうな顔をしたが、すぐに頷いた。
「よく分からねえが、それでいいぜ」
「ミスター・ロウ! 安易に賛同するのではない!」
「それなら検事さんが手を抜かないっていうなら仕方ないだろ」
「ぼくも良いよ」
「おーし! じゃあ、上がられたら脱ぐ、親は2枚ってことで。服は5枚。脱ぐものがなくなったら罰ゲームなー」
着々と話が進んでいく。反論しても話を聞くような面子でないことは分かっているし、何より先に『勝手』を始めたのは御剣の方だ。
御剣は腹を決めたらしく、上着を脱いで成歩堂に渡した。
「服は5枚だったな? 1枚君にやろう。着ていたまえ」
偉そうな言い草に、3人は揃ってため息を吐く。
「1度も上がってないのに、随分強気な発言だな、おい」
「これで結果が変わらなかったら逆に恥ずかしいぜ」
「何? ハンデってこと? 悪いけどぼく、そんなに弱くないよ」
3人3様に言われても引かない御剣に、苦笑いしながら成歩堂が折れた。
「じゃあ一応借りておくよ。罰ゲームの前には返してやるから」
成歩堂が上着を肩にかけて、漸く御剣も納得したようだ。雀卓に向き直った。
「では、真剣勝負といこうか」
*****
「よし、リーチ!」
矢張が1000点棒を場に投げ出すと、御剣が淡々と制止した。
「待て、矢張。それで上がりだ」
「えっ!」
涙目になる矢張の前でぎこちなく牌を倒し、たどたどしく並び替える。
「清一色・一気通貫・ドラ2で倍満、か?」
「安牌だと思ったのに…」
がっくりと肩を落とした矢張がズボンを脱ぐ。残りはパンツ1枚だ。
「ま、まあ、どんなに高い手でも1枚脱げば済むのが脱衣麻雀の良いところだよね」
「逆に言えば、どんなに安い手でも良いのに、毎回満貫以上なのがすげぇ…」
引きつった顔でフォローを入れる成歩堂は既に下着1枚で御剣の上着を羽織っている状態だし、唸った狼も上半身は裸だ。
マイペースに牌を中央の穴に落とす御剣だけが、きっちりとシャツまで着込んでいる。狼がツモった時にヒラヒラを外しただけで、それ以外は全勝だった。
「検事さん、正直、あんたの強さは異常だぜ。秘訣があるなら教えてもらえないか?」
ため息を吐く狼はこのゲーム発祥の国出身だ。なかなか上手いが、御剣はその遥か上をいく。
牌を集めながら、淡々と御剣は口を開いた。
「周りが集めていない牌で手を作れば良い」
ことなげもなく言い切った。
「いや、それはそうかもしれないけどよ……」
らしくなく言葉を濁した狼に察したのか、御剣は言葉を重ねる。
「相手の牌と作っている役を読めば簡単だろう」
「それが難しいんじゃねーかっ!」
矢張が噛み付いても、そうか? と首を傾げる。
「大抵の者は同じ種類の牌を数順に並べ、上下を合わせる。加えて取った牌を入れる位置、捨て牌や鳴いて場に晒す時も参考になる。牌は136枚しかないのだから、場に出てないものを考慮しても推測出来るだろう」
「・・・・・お前、それ、毎回、全員分やってるのか?」
「ム。君はやっていないのか?」
「出来ないよ、そんなの!」
即座に否定されて、御剣は不思議そうな顔で中央のボタンに手を伸ばした。
「そんなに難しいだろうか。こんな小さい牌を扱う方が余程−−」
機械が牌を混ぜる音に邪魔されたが、御剣の呟きは3人全員に聞こえた。
何のことか分からない狼の前で、成歩堂は俯いて肩を震わせ、矢張は盛大に吹き出した。
「お前! もしかしてさっきは『本気で打たなかった』んじゃなくて『打てなかった』のか!? 取った牌を並べるのが精一杯ってことか!」
「バ…バカ、矢張…そんなはっきり−−っ! わ、笑い、堪えられなくなるだろっ!」
「そういや、今は牌を並び変えてなかったな」
狼は納得したように頷き、御剣に呆れたような目を向けた。
「それだけでこんなに強さが違うってのか? 検事さん、あんた不器用にも程があるだろ」
「ぐっ……!」
さすがに多少自覚があるらしく、御剣は反論出来ずに黙り込んだ。
機械が4人の前に牌を積み上げると、成歩堂は笑いすぎて滲んだ涙を拭った。
「あー、おかしかった。えーと、次の親って誰だっけ?」
「私だ」
憮然と御剣が手を上げ、座りきった目で3人を見回した。
「矢張が残り1枚。成歩堂とミスター・ロウが2枚ずつ。つまり、ツモ上がりしたら私の勝ちだな」
得も言われぬ迫力に、狼は身を引き、矢張は涙目になる。
「け、検事さん…?」
「なんだよ、怖いコト言うなよぉ」
「で、でも、御剣って結構引きが弱そうだから意外に大丈夫、だったりしないかな−−」
希望的観測に縋る成歩堂に、天を味方につけた男は冷たく笑ってみせた。
「さあ、最後の勝負にしようか」