佐之助エンド後
「よう! 新八、いるか〜?」
声を張り上げながら、佐之助は勢いよく長屋の扉を開けた。が、出迎えてくれる筈の人間はそこには居なかった。いつもなら遅めの朝飯をとっている永倉新八は、狭い部屋の何処にも見当たらなかった。
「おーい! 新八〜? 居ねぇのか〜? し〜ん〜ぱ〜ち〜?」
声を張り上げると、縁側から新八が顔を出した。憮然とした顔で佐之助を手招く。
「んなところで何やってんだ?」
勝手知ったる他人の家。遠慮なく上がりこんだ佐之助に−−
ガゴッ
−−新八は容赦なく拳を振り下ろした。
「〜〜〜〜〜っ」
声も出せずに頭を押さえる佐之助の胸倉を掴み、新八は小声で怒鳴りつけた。
「このご時世にでけぇ声でその名を連呼するんじゃねぇ! 誰が聞いてるか分からねぇのによ!」
元号が『明治』に改まって数年が経つが、新政府の幕府軍に対する風当たりは弱くはなっていない。今も血眼で生き残りを捜している。元・新選組二番隊隊長である新八も決して例外ではないのだ。
それを十二分に知っている筈の元・十番隊隊長は、悪びれもせずにニカッと笑った。
「そんなの今更じゃねぇか。んな細かい事、気にすんなよ」
そして襟を掴まれたままで懐を探り、竹皮の包みを新八に差し出す。
「鈴花からだ。二人で食えだと」
言われて新八の瞳が、揺れた。襟を掴んでいた手がゆっくりと放され、戸惑ったように視線が外れる。
「あー、悪ぃな。ちょっと野暮用でよ、今から出かけんだよ……」
歯切れの悪い言葉に、佐之助は眉をしかめた。
「すぐに出るのか? 団子食ってるヒマもねぇのか?」
「また団子かよ! ここ数日うちに来るたびに毎度毎度団子ばかり持ってきやがって! いいかげん骨の髄まで甘くなるっつーの!」
そうまくし立ててから、新八は何かを思い直したようにふっと息をついた。
「まぁ、団子を食う時間くらい、あらーな……」
新八が土間から土瓶と茶碗を持ってきたのを了承と受け取って、佐之助はちゃぶ台へ手土産を広げた。
佐之助に言われた通り、団子が数本並んでいる。一串に三つの餅がつき、一番先の一つだけは他の2つより少しだけ小ぶりだった。
「なんか、見たことねぇ形だな」
「そりゃそうだろ。鈴花が作ったんだから」
新八の手がピタリと止まる。
刺激を与えたら爆発するとでも思っているのか、そろそろと一串手に取り、疑わしげな眼差しでしげしげと眺めた。
「大丈夫だから喰えって。お前、昨日までは平気な面で食ってたじゃねぇか」
「あれもあいつが作ったのかよ」
昨日までの味を思い出し、新八は団子に齧り付いた。
どこぞで買ってきたと言われても不思議はない味。その気になれば、いつでも店が出せそうだ。
続けて手を伸ばす新八に、佐之助は団子を頬張りながらにやりと笑った。
「どうだ? ちゃんと食えるだろうが」
「いや、美味いけどよ……。なんであいつ、こんな毎日毎日団子ばかり作ってんだ?」
佐之助は串を咥えたまま新八を見据えた。表情は変わらないが、目から笑みが消えている。
「俺達みたいで、作ってて落ち着くんだとよ」
「俺達って−−団子がかぁ?」
笑い飛ばそうとした新八に、佐之助は真面目に肯いた。
「この一蓮托生具合が似てんだと」
新八は身体を強張らせた。食べようとしていた団子がぼとりと畳に落ちる。
「お前等、気付いて−−」
「ここ最近、やけに血生臭かったからな」
佐之助は串で畳を叩いた。その下には、今朝方始末したばかりの新政府の間者の死体が置かれている。もうこの場所を引き払うつもりだったので、気合を入れて隠しはしなかったのだ。
「一人じゃヤバいくらいに大事になってんなら言えよな」
水臭いヤツだと非難の目を向けてくるこの男が、嘗ては沖田総司・斎藤一と共に新選組の『裏』を受け持っていたことを、新八は今更ながらに思い出した。
全て知られているのならと、新八は腹をくくる。
「それじゃあお望み通り、巻き込まれてもらおうか」
にやりと笑うと、同じくらい獰猛な笑みが返ってきた。
新八は刀を持つと、佐之助と並んで長屋を出た。残った団子を食べながら、ぶらぶらと町を歩く。
直に、二人を遠巻きに取り囲むように人が集まりだした。
「そういや、鈴花とは何処で落ち合うんだ?」
なるべく人気のない方向に向かいながら、新八が尋ねる。
「適当に人数を減らしたら、長屋まで迎えに行くって言ってある。それまで、団子でも作りながら待ってるってよ」
「−−本気かよ」
低く呻いた新八に、佐之助も渋い顔で肯いた。
「いくら美味いっていっても、そろそろキツイよなぁ」
「さっさと片付けて、さっさと迎えに行くか!」
二人は頃合いを見計らって走り出した。
その後をばらばらと何人もの人間が追ってくる。
「死ぬんじゃねぇぞ!」
「お前もな!」
それだけ言葉を交わし、二人は刀を抜いた。