伊達軍の陣幕内では祝戦の宴が催されていた。
陽はとうに沈んでいるが、中央に大きな篝火が据えられているので周囲は明るい。そこかしこに酒樽が置かれ、それを囲む様に車座が出来ている。
勝利で気分が高揚しているところに酒まで振舞われ、大騒ぎにならなければ伊達軍の名が廃る。まだ自軍の領地ではない場所での大宴会だったが、政宗は1人、奥の陣幕に引きこもっていた。
側近中の側近である片倉小十郎も居ない場所で不機嫌そうに酒を飲んでいた政宗は、そのままの面持ちで背後の木を睨み付けた。
「何の用だ、武田の忍び」
「あーらら、見つかっちゃった」
音も立てずに佐助が木の上から飛び降りる。
完全に気配を消していた訳ではなかったので、大将である政宗のところに侵入者が居ると気付く者もいそうなものだが、誰も陣幕内に入ってはこなかった。取り敢えず、真っ先に姿を確認されないように政宗の陰に身を置いた。
「何の用だ?」
「あーらら、酷い言い草。龍の旦那、機嫌悪いねぇ」
呆れたような佐助の口振りに、政宗は舌打ちで返す。
「Shut up」
「異国語で言われても分かんないってば」
からかう様な声を無視して杯の酒を飲み干すと、背後から伸びた手が徳利を掴んだ。見えない筈なのに、器用に政宗に酒を注ぐ。
「用なんかないよ。旦那の顔を見に来ただけ」
「・・・・・。」
返事はなかった。用がないなら帰れとも、俺に会いたかったのかHoney とも口にせず、じっと杯に映った闇を睨んでいる。
「うちの旦那も機嫌悪くってさー。大将にぶっ飛ばされてたよ」
いつものことだけどねー、と佐助は声を潜めて笑った。
やはり政宗は何も言わない。いつもなら、あの熱血と一緒にするなと返ってくるのだが。
こりゃ重症だねー、と佐助は肩を竦めた。
今朝方、武田と伊達は北条を攻めた。結託したわけではなく、互いを出し抜こうとして、結果的に同じ時期になったのだ。
結果、北条は壊滅。武田も伊達もさしたる損害はなかったが、暫定的に同盟を組んでいるために新たな戦に雪崩れ込むことはなかった。
佐助にしてみれば良いこと尽くめに思うのだが、幸村も政宗もそうは取らないようだ。
「こんな、勝ち馬に乗るような戦−−」
呻くように政宗が口にした。
攻め始めたのは武田が早かったが、北条氏政の首級をあげたのは当の政宗だ。幸村が荒れた理由は正にそれだったのだが。
ほーんと武士って面倒だねぇと内心で呟きながら、佐助は政宗と背合わせになるように座った。座椅子を使っているため少し高い位置にある背に凭れかかる。
「俺様は良かったと思うけどねー。うちのとこも旦那のとこも、被害少なかったでしょ」
「−−ああ」
「そのおかげで、こうやって旦那に会いに来ることも出来るんだしさー」
「……んなの、分かってんだよっ」
政宗は吐き捨てるように呟いた。
頭では理解しているが、感情が納得しないのだろう。頭で理解出来ているから行動に出さないのが幸村との差であり、納得出来ないから感情に出ているのが信玄との違いだ。
それは多分、佐助には政宗の心情が分かっても理解出来ないのと似ている。
生まれついての忍びと、生まれながらの武人の境界線をまざまざと見せ付けられた気がした。
でもまあ直にいつもの政宗に戻るだろうと、楽観的に佐助は思った。そうじゃなければ、忍びである佐助が敵武将である政宗にこんなに惚れる筈がない。
小十郎や伊達軍の側近たちも、そう判断したからこそ政宗を放っておいているのだろう。
「つかの間の『平和』を満喫させて頂きますか」
佐助は政宗の背に体重をかけて圧し掛かった。